静かに会場に入ってくる ひとり の人。
これが作品の幕開け。
ちいさなこどもの泣き声。パンフレットをじっと観て気がつかない子も。
開場からたった5分後。
だんだんとその ひとり の存在に気づかされる私たち観客。
何も持っていなかったその ひとり のもとにボールがひとつ、ぽんっと落ちてくる。
そのボールを不思議そうに、でも自然に受け入れてジャグリングをしはじめる。
幼き頃の、ジャグリングに出会ったばかりの目黒さんが浮かんだ。14歳の少年。ボールに出会った目黒さんは不思議とジャグリングに魅了され、ひとつ、ふたつと増えていくボールを投げ続けた。
誰が目黒さんにボールをくれたのか。どこからボールはやってきたのか。目黒さんがジャグリングに出会ったきっかけを私は知らないけれど、ひとつのボールで14歳の目黒さんの人生が動きはじめたように感じた。
あこさんは、無性別の誰かであって、ジャグリングに出会う前のもっと幼き頃の目黒さん本人にも見えたし、むしろジャグリングという概念が実像化したモノにも思えた。
互いの存在に気付いた後は、気配を感じながら壁の上と下で戯れる。
そして、壁の上に並ぶと、無邪気に遊びはじめた。ひとり、ひとりのメインテーマに乗せて、「ジャグリングって楽しいよ!」そんな声が聞こえてきそうな気がした。
すると、壁の上にボールを並べはじめ、端からひとつずつ落としていった。その後、あこさんも壁からすとんと落ちた。
地上におりた後は、しばらく壁に貼りつくように動き、壁から降りた目黒さんは、あこさんとボールを通して壁の下でも関わり合った。リズムのいい曲が心地よかった。
その後、あこさんは次第に壁から離れて行くようになる。目黒さんも、ボールの数が増えていくのと同じように年を重ね、無邪気だった少年が少しずつ大人に近づいていくように思えた。
成長していくにつれて起こる様々な変化。ジャグリングとの関係性。より高度な技が混じりジャグリングが見ている私たちに与える印象が変わってきたように感じた。「楽しい」の先。
そしてさらに先に進むと、人との関わりや、自身の想い、作品…より多くの変化が起こる。少年から青年へ、そして大人へ変わって行く。これまで目黒さんが作ってきた作品の数々を感じた。
そして増えたボールが徐々に減っていく。同時にバランスが取れなくなるあこさん。
少しずつ、何かを減らしていく。大切なものだけが残っていけばいいなと、私は願った。
そして、無音。たったひとつ残ったボールを、そっとあこさんの肩に乗せる。あこさんの頭に目黒さんの手が触れたとき、私は初めて「触れた」と思った。ここまでは体同士が触れていても「関わり」に過ぎなかったものが、はじめて意思を持って触れたように見えた。あなた、という存在。ずっと自分といた、存在。大切な、存在。その全てがあこさんだった。
あんなに強烈に「触れる」という感覚を見ている私たちに伝える、凄さ。目黒作品の凄さを感じた。
そして、ボールで繋がっていたひとりとひとりが、それぞれ身体だけで繋がっていく。ジャグリングやモノを超えて、「存在」を受け入れて、包み込んでいるような気がした。
最後、あこさんがまた壁に帰って行くそのとき、冒頭のメロディーが再現される。幼少期のジャグリングを始める前の目黒さんを改めて思い出す。あの頃の彼は、もういない。でも、ジャグリングとの出会いが、今の自分に繋がっている。
ひとつだけ残るボールが、その気配を感じさせる。
勝手な解釈ではありますが、私の感じたストーリーでした。
ボールと出会った男の子が大人になってつくった作品が、この公演を通していろいろな人に届いているんだなと思ったら、冒頭から涙が止まりませんでした。
目黒さんにボールをくれた何か、誰か、ありがとう。
そして、この作品を生んだ目黒さん、出演者のあこさん、大事な音楽を作曲したイーガルさん、壁をつくった美術の照井さん、ありがとうございました。
ジャグリング、ダンス、音楽、作品…自分を形成するそれらが、自身とイコールに感じるであろう世界で生きる皆さんが、幸せに穏やかに過ごせる世の中でありますように。
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今回の曲目:
練習曲集「ひとり、ひとり」(作曲:イーガル)
1.けはい
2.ひとり、ひとり
3.リズムにのって
4.夏のにおい
5.ひとりとひとり
ひとり、ひとりはもちろん好きですが、夏のにおいもとても好きな曲だった。